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2008年12月14日 (日)

「無名人からの伝言」は中国へも伝播

Photo  去る10月、「両総用水の先覚者の記録 十枝雄三日記」編集員の鈴木茂さん(千葉県山武郡大網白里町在住)から、「両総用水を拓いた先覚者十枝翁胸像建立を記念して」というタイトルの小冊子と丁寧な手紙が届いた。「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」の主人公、野口初太郎は「大利根用水の父」と言われているが、十枝雄三氏も「両総用水の父」と言っていいだろう。

*「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」(http://kitakamayu.exblog.jp/9153025/)

*両総用水の先覚者の記録 十枝雄三日記(http://kitakamayu.exblog.jp/5889644)

 十枝翁胸像建立は、十枝氏の偉業をたたえるために、両総土地改良区のメンバーや地元住民でつくる「十枝雄三翁胸像建設委員会」が企画し、2006年8月から募金活動を開始し、募金総額は340万8000円に達した。2007年2月13日、大網白里町北吉田の「十枝の森」で、十枝翁の胸像建設工事が完了した。建設委員会は同年3月24日、胸像除幕式と落成式を行った。

 両総用水にも関係した初太郎によれば「大利根用水は両総用排水の父たる兄たるもの」。わたしは初太郎の行動原理を「亡己利他」と表現した。「十枝雄三日記」の編集員は、十枝翁のそれを「愛人利物之謂仁」と見た。不思議なことに、胸像建設の動きは、わたしが「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」の執筆に向け、取材を続けていた時期と重なる。

 鈴木さんの手紙には大利根用水と両総用水、中国の灌漑用水「詔山銀河」の関係が書かれていた。

「…大利根用水については『十枝雄三日記』に取り組む時に知りました。昭和7年、千葉県知事に就任した岡田文秀氏の自伝に、昭和8年の大干魃に干潟一帯を視察し、この事業計画を推進することになったとありました。両総用水の先達がここにあったのかと気付いた次第です。(略) 77年に中国の人民公社を視察する機会を得、毛沢東の生家を訪ねながら詔山市を通過するとき、詔山銀河と名付けられた灌漑用水に案内されました。案内の工作員は日本農業視察団(王震団長、孫平化秘書長)が日本の両総用水を見て、華国鋒主席に報告し、主席が陣頭指揮でこの用水建設に当たったと説明しました…」

 わたしは大利根用水→両総用水→愛知用水という国内での図式でしか考えが及ばなかった。しかし、初太郎の遺産には大利根用水→両総用水→詔山銀河という海外への展開という図式もあったのだ。「無名人からの伝言」を書き上げることができて本当に良かったと思う。

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