2008年7月 8日 (火)

無名人からの伝言:9・1出版へ

146  6月末、「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」を脱稿し、7月1日、出版社の「夢工房」の片桐務代表に原稿と写真を手渡した。出版予定日はわたしの父の命日に当る9月1日。価格は1500円(予価 本体価格)。10月5日(日)、わたしの故郷の千葉県香取郡東庄町の鯉屋旅館で、出版記念会を開催する予定だ。詳細が決定次第、案内したい。

 7月28日に還暦を迎え、定年退職する。今年は地域デビュー10周年、故郷デビュー実質5周年、介護デビュー元年でもある。この節目の年に、北鎌倉の活性化を願って仲間と書いた「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々」(4月出版)に続き、故郷の再生をテーマにした「無名人からの伝言」を世に送り出すことができ、とても嬉しい。

*「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々」http://www.kitakama-yusui.net/7/7gide.html

目次
はじめに
一章写真に込められた二つの意思
「昭和天皇と一緒の写真を掲げて後世に残したい」(新)
「自叙伝は自歴書を残そうと思って書き出した」(初太郎)
なぜ、初太郎と昭和天皇の写真が自宅に?
「福聚寺」の名前に驚く
足跡には伝えるべきメッセージが
野口初太郎先生賛歌
野口初太郎略歴
相反する難問を一気に解決
水をもらいに榛名参りの奇習
両総用水と愛知用水のモデル
椿海伝説

二章自叙伝-不屈の八十年-
足跡
大利根用水事業時代
両総用排水事業時代
大利根用水連合時代
出生、幼少時代
小僧時代
放浪時代
東京府時代
東京市時代
千葉県時代
家族のこと
①妻のこと②子どものこと③新之のこと④一誠、洋子誕生前後のこと⑤父母の死
⑥一誠結婚
嗜好
二九三会
自筆の贈り物
最後の住居
陛下と私の写真および先祖の家系
米寿


三章足跡探訪
千葉県干潟土地改良区
両総用水の先覚者の記録 十枝雄三日記
兼田貯水池
両総用水・佐原第一用水機場と水門
大原幽学記念館の猪野映里子学芸員と面談
福聚寺で物故者偲ぶ56回目の法要
利根川の水源は大水上山の三角形の雪渓

四章重なり合う二人の無名人
レヴィンは無名詩人のハンドルネーム
敬老
東庄町公民館大ホールの400席が満席に
レヴィン文化財プロジェクト発進!
農事組合法人「旭愛農生産組合」
循環農法
くりもと地球村
死生有命
南牧村から始まりの一歩

五章伝言の意味
「亡己利他」と「愛人利物之謂仁」
末永く幸福と発展の原動力として利用を

おわりに

はじめに
 インド求法の大旅行記である「西遊記」の主人公、三蔵法師こと僧玄奘は中国最大の翻訳家と知られている。三蔵法師は仏教を極めるためにインド行きを決意し、17年間にわたってインド、西域などをめぐり、膨大な経典を中国に持ち帰った。国禁を犯しての旅は、灼熱の砂漠、険しい山脈を越えての生命の危険をも顧みないものだった。帰国後、三蔵法師は19年間もの歳月をかけて翻訳事業に取り掛かり、漢訳を完成させた。長期間わたって持続する志の高さと強さに驚嘆せざるを得ない。

 血のつながっている無名人、野口初太郎の自叙伝を書くのに、のっけから歴史上の大人物の偉業を比較対象として取り上げることは大それたことであり、正直、気恥ずかしさとためらいがあった。でも、初太郎が職業人生のすべてを賭け、九十九里平野の一角にある干潟八万石を真の沃土と化した大利根用水事業は、前哨戦も含めれば完成までに30年以上の歳月を必要とした。この間、執拗な反対運動、戦争、インフレが起こり、個人的には左遷、相次ぐ家族の不幸にも見舞われた。しかし、決して挫けることはなかった。

 昭和40年から翌年にかけて「週間朝日」に連載された利根川の風土記「利根川」(朝日新聞社)の中で、著者である作家の安岡章太郎は「実際、大利根用水は大事業である。しかし、これは必ずしも事業の規模がそんなに大きいという意味ではない。これを『大きい』と感じさせるのは、その完成に要した年月の長さと、背後にあってこれを推進した人たちの意欲と努力と情熱の大きさとである」と書いている。

 初太郎をこれほどまでにつき動かしたものは何だったのか。その「正体」にわたしはいたく興味を持った。「大利根用水事業史上巻」の序文に「当時の気持ちといえば、ただもう、利根川に思いを焦がしていたようのもの」との記述がある。歴史上の偉人、無名人を問わず人間には、狂気にも似た熱情を伴う「行動原理」が体内に埋め込まれているのかもしれない。この「行動原理」は目先の損得勘定では測ることができないし、社会変革を引き起こす巨大なエネルギーとも深く関係しているように思えてならない。

おわりに
 日は東の空を真っ赤に焼き、利根川河口の銚子方面からゆっくりと昇ってきた。冬の「利根の川風」は、身を切るように冷たい。大利根用水の笹川揚水機場の近くに佇み、小波を立てて上流に向け、ひたひたと逆流する川面を、体をすくめて見つめながら、はたと気付いた。

 大水上山の雪渓から始まり日本最大級の大河と化した利根川の旅は、わが故郷に近い河口で終わるのではない。太平洋に注がれた利根川の水は再び天に昇り、雨水となって大水上山の頂上に還る。終わりは始まりである。自然の営みは、この正確で果てしない動作の繰り返しなのだ。

 わたしは光、風、森、川、海などが織り成す下総台地で、父と母から生を受け、伴侶と結ばれ、二人の息子を授かった。息子たちは既に結婚している。近い将来、新しい命を授かるはずだ。人生は命のバトンタッチリレーである。自然のサイクルと同じく、人の営みも同様である。

 本来、自分は何者で、一体どこから来て、何をしたくて、どこへ行くのか?「無名人への伝言」の執筆によってわたしは父、初太郎、レヴィンと同じ「下総台地の子」なのだという確かな自覚を持った。還暦、定年という人生の大きな節目を迎えた今年、しかも父新の命日の9月1日に、本書を出版できたことは大きな喜びである。

 初太郎は「大利根用水事業史(下)」の見開きに「先祖の御霊前元 初太郎 昭和三十八年八月」と書いている。初太郎同様に、ご先祖様への感謝の気持ちを込めて、わたしも本書を実家のお仏壇に捧げよう。同時に故郷の発展という志で結ばれた「下総台地」、そして利根川流域に住むすべての人々のために。
2008年9月1日

【プロフィール】
野口 稔(のぐち みのる)
 1948年千葉県生香取郡東庄町生まれ。千葉県立佐原高卒、一橋大学経済学部卒。72年共同通信社入社。福岡支社、長崎支局、大阪支社経済部、本社経済部などを経て2004年7月から本社メディア局編集部担当部長。08年7月共同通信社を定年退社。任意団体・北鎌倉湧水ネットワーク代表。NPO法人「北鎌倉の景観を後世に伝える基金」正会員(前理事)。鎌倉団塊プロジェクト実行委員会委員。著書に『北鎌倉発 ナショナル・トラストの風』「団塊世代よ、帰りなん、いざ故郷へ!」。共著に「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々」。出版社はいずれも夢工房。

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